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Interview

技術者倫理=ウェルビーイング? ①

2023.11.27

最近よく聞くようになった「ウェルビーイング」。政府が発表する方針などにも使われはじめている言葉です。
今回は、現在早稲田大学で教鞭をとる札野教授にご専門の技術者倫理とウェルビーイングについて、お話を伺いました。

技術者倫理を教えるきっかけ

札野教授が技術者倫理の研究をはじめたきっかけは、以前勤めていた金沢工業大学で関わったあるプロジェクトだった。教員をアメリカの先進的な工業教育を行っている大学に送り出し、当時日本にはなかった新しい工学教育を取り入れるプロジェクト。それにより「教員の意識改革」を促すことが目的だった。

例えば、当時の工学部には設計製図の科目はあっても、モノを実際に設計する科目がなかったという。アメリカでは「スペールシャトルの貨物部分で使うアーム」や「手の不自由な方が使う食器」の設計など、実践的な設計を学ぶ機会があった。金沢工業大学ではこうした科目を積極的に導入しようとしたのだ。同様に技術者倫理を教える科目も、日本にはなかった。

米国で科学史を学び、その分野で学術活動を続けるつもりで帰国していた札野氏は、技術者倫理に強い興味をいだいたという。日本では毎年10万人ほどが工学部を卒業する。この10万人に対して技術者倫理の教育を通して影響を与える仕事は意義があるに違いないと考えた。日本には科学史研究のための十分な環境がなかったことも分野を変える後押しとなった。「米国で科学史の学位を取るまでに7年半もかかたのにね」と笑う。

プロフェッションと倫理規範

そもそも倫理とはなんだろうか。
倫理とは「人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な基準となるもの」。

現代ではこうした倫理基準を「倫理規範」として定めている企業も多いが、もともとは「プロフェッション」と呼ばれる人たちによって定められたものだったそう。プロフェッションとは「知的な専門職業」、具体的には、医師、弁護士、神学者のこと。12世紀ごろから設立されはじめたヨーロッパの大学にはこの3つの専門しかなかった。

プロフェッションは体のケアや、社会的地位の保全、魂の導きを行う「人間の福祉や幸せに不可欠な職業」であり、高度な知識とスキルを必要する。人にとって不可欠な存在だが、彼らが「きちんとした仕事をしているのかどうか」を一般人が判断できない職業でもある。そこでプロフェッション自身が「クオリティのコントロールは自分たちで行っている」こと、そしてそれを「信用してもらう」ために作られたのが「倫理規範」だ。

倫理規範として有名なのが、医師のための「ヒポクラテスの誓い」だ。ヒポクラテスの誓いは医師の倫理、任務についてギリシャ神に宣誓するもので、「人命の尊重」「患者の非差別」「守秘義務」などについて書かれている。

技術者にも倫理を

技術者はもともと知的専門職とは考えられていなかった。徒弟制度のもとで技術が伝承されていたためだ。産業構造の変化や技術の進歩によって、技術者にも専門の高等教育が必要だと考えられるようになり、19世紀になると工学部などが設立されるようになる。

それに伴い技術者にも倫理規範・倫理綱領が必要だという考えが生まれ、作られはじめたという。技術者の倫理綱領の策定はアメリカが先行していて1910年代には作られていた。

日本はそれに遅れること20年、1930年代に青山士(あおやまあきら)が提唱したのが初だった。青山はパナマ運河の建設にも関わった土木技師で、日本の土木学会でのちに会長になるほど力のある人物だった。彼がアメリカから倫理綱領を持ち帰り、日本に導入しようと尽力する。さらに、クリスチャンであった青山は日本のキリスト教思想家として有名な内村鑑三から強い影響を受けていただめ、博愛的な「土木技術者の信条および実践要綱」を作り上げる。これが日本で最初の技術者倫理綱領だ。

しかし時代は戦争に向かっており、しだいに倫理綱領は忘れ去られていく。

その後、1960年に入ってようやく技術士会によって技術者倫理綱領がまとめられた。
「日本は倫理の世界では遅れがちです」と札野教授。日本情報処理学会の倫理要項は1996年にようやく作られたのだそう。「世界中の情報処理学会から倫理綱領を持っていないのは日本と韓国だけだ、と言われてようやく作ったんです」。

②へ続く

INFO

早稲田大学 大学総合研究センター 教授
札野順(ふだのじゅん)