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Interview

セカンドキャリアのあるき方② 農家と消費者をつなぐ

2022.4.11

溝口さんは、大手百貨店の出身だ。33年働いた職場を57歳のときに早期退職し、個人事業主になった。個人事業主の最初の仕事はなんと徳島県に移住しての農産物のブランディング。徳島へ行くまで、そしてこれからについて伺った。

早期退職、個人事業主へ

大手百貨店時代の溝口さんはバイヤーをしていた。もともとは婦人服のバイヤーだったが40代のころに食品バイヤーに転身した。子どものころから漠然と抱いていた「食に携わる仕事がしたい」を実現したのだ。婦人服担当から食品担当への転換は異例のこと。「当時は食品業界のことを知らなさすぎて本当にいろいろな人に助けられました」と溝口さん。

食品バイヤーのころは、業務の効率化や地方の中小メーカーとの取引などに注力してきたという。百貨店での仕事は楽しかったが定年が見え始めた頃から「このままでいいのだろうか」という思いも抱いていたという。そんなとき、人づてに徳島県からのオファーが届いた。「農産物のブランディングならなにかお手伝いできるかもしれない」と決意した。

さまざまな組織の中で

早期退職後、個人事業主として徳島に移住。徳島県の農産物を県外に売り込むための組織「とくしまブランド推進機構」の統括マネージャーを3年つとめた。「徳島で開業したので、住民票を徳島に移したことが大きかった」と溝口さん。東京から出張でやって来る「コンサルタント」に振り回された経験を持つ地元の人々が、「同じ場所に住んで一緒になって考えてくれる」溝口さんを頼りにしたのだ。

とはいえ「とくしまブランド推進機構」は徳島県、徳島県農業開発公社、JA徳島中央会、JA全農とくしまといった多彩な組織の混成チーム。物事の捉え方から違う人々の集まりで、そう簡単に意見は合わない。はたから見ると「無駄かも?」と思うような組織や会合もある。溝口さんは「何にでも理由がある」と様々な人の話を聞き、背景を学ぶことでまとめてきたという。

その先を見て

農産物のブランディングというと難しいようにも感じるが「きちんと伝えること」ではないかと溝口さん。生産者は自分たちがやっていることは「あたりまえ」すぎて、改めて伝えることではないと思いがち。だが消費者にとってはそれが「一番知りたいこと」であることも。溝口さんは「私の仕事は生産者と消費者の架け橋、通訳です」という。

また産地は「実需者」の顔色を見てしまいがちだとも言う。実需者とは産地からものを仕入れるバイヤーや卸担当のこと。実際の消費者ではないため、生産物の流れや購入するお客さまの声などが聞こえなくなりがち。「本当のお客様を見る」「その先を見る意識」が必要だという。

徳島時代には「ものを動かす(流通させる)」ことにも携わってきたが、「ブランディングを重視」してきたという溝口さん。例えば、東京の服部栄養学校と連携し学生たちの「徳島産ハモの創作料理コンテスト」を開いた。「料理学校を卒業した料理人がなにかの時に徳島のハモを思い出してくれたら良いのです」。先の長い話にも聞こえるが「産地を理解した料理人」は強力な宣伝マンになってくれる。

広がる仕事の幅

3年間にわたる徳島での仕事を終えた溝口さん。埼玉県に合同会社を設立し、栃木県や高知県四万十町でのブランディングなどを手掛けている。この春からは短大での講師の仕事もはじまるという。

四万十の栗のお菓子。栗の生産から商品開発、販売までを手掛けている

おいそがしいですねと問うと「楽しそうなことにはチャレンジします」と力強く答えた。「若いころに助けてくださった方々にお礼をしなければと思っています。とはいえ一線を引かれてお礼ができない方もいます。その分、誰かに引き継げるようにしたいのです」。

溝口さんのセカンドキャリアはまだまだ広がりそうだ。

COMPANY INFO

合同会社ネイビープランニングWeb 溝口 康